フゴー!

こんにちは。
今回は、符号についての話です。


符号と言えばプラスとマイナスですが、他に新しい符号を導入して、上手いこと演算体系を定義することはできないものでしょうか。
中学生の頃の igaris 少年は、そんなことを考えたのでした。


いや、正確に言うと、そこまで明確に言語化できてはいなかったのですが、大元の疑問は次のような感じです。
「数直線は一次元だから、これを二次元に拡張できないかなー。座標平面の y 軸と同じように軸を付け足して、その上側と下側に新しい符号を対応させると、演算はどうなるのかなー。」


そんな igaris 少年の疑問に答えるのが、今回のお題。


まず、座標平面の y 軸にあたる軸の原点より上側を #、下側を % で表すことにします。
四則演算のうち本質的なのは加算と乗算のみなので、これらについて考えていきます。



[ 乗算 ]


プラスとマイナスの乗算について考えてみると、数直線上の点を、原点に関する位置ベクトル (x,0) と同一視したとき、マイナスをかけることはこのベクトルを原点を中心に 180 度回転させることだと分かります。
そして、この180度というのは、ベクトル (1,0) とベクトル (-1,0) のなす角です。
したがって、ベクトル (0,#1) について考えてみると、これは (1,0) と 90 度の角をなしますので、# をかけることは原点を中心とした 90 度の回転だと、定義するのが自然です。
同様に、% をかけることは原点を中心とした 270 度の回転だと、定義します。
つまり、乗算を、原点に関する位置ベクトルの回転だと解釈します。


具体的には。
(-5)×(#3) は、180 + 90 = 270度 の回転なので %15 です。
(%2)×(#7) は、270 + 90 = 360度 の回転なので 14 です。
(絶対値については、そのままかけています。)


何だか上手いこと定義できた感じです。



[ 加算 ]


これまたプラスとマイナスの加算について考えてみると、これはベクトルの合成です。
例えば -5+4 は、左向きに 5 の力と、右に向きに 4 の力の合成で、-1 となります。
すると、#3%7 などについては、平行逆向きの力ですから、%4 として問題ないですね。
では、3#4 はどうかというと、これは右向きに 3 の力と、上向きに 4 の力の合成なので、三平方の定理から、右上向きに 5 の力になります。
しかし。
そのような値をどうやって表すかが問題です。なぜなら、そこに座標軸がないから。
しかたがないので、これを 3#4 のままで表すことにします。
そして、これと座標平面上での (3,#4) という点を対応させ、この点を、原点に関する位置ベクトルとみなします。
すると、このベクトルは、右上向きに 5 の力を表すベクトルと同じものになっています!


おお。これまた、上手いこと定義できた感じです。


ただし。
3#4 を、それ以上簡単にできないとしたことによって、弊害が生じます。
以下、加算と乗算について、このことについて考えていきます。



[ 加算2 ]


(1#2)+(-3%4) などはどう計算するのか。
普通に足してみると、-2%2 ですね。
これを図形的に考えてみると、実は位置ベクトル (1,#2) と (-3,%4) を合成したものが (-2,%2) なので、上手いこといってます。
(便宜的に + の符号を使いましたが、この演算は +1#2-3%4 と同じものです。)



[ 乗算2 ]


(1#2)×(-3%4) などはどう計算するのか。加算と同じように、普通の乗算と同じように計算して良いものか。
簡単のため、-3#5 などを (-3,5) などと表すことにします。
ここで、乗算がベクトルの回転であることを思い返すと、数を極座標で表すと何かと都合が良いような気がします。
今、極座標(r_1,\theta_1), (r_2,\theta_2) であるような二つの点を考えてみると、これらの直交座標は (r_1 \cos \theta_1, r_1 \sin \theta_1), (r_2 \cos \theta_2, r_2 \sin \theta_2) です。
そんなわけで、 これらを普通の乗算と同じようにかけてみて、それが上手くいくかどうかを確かめます。


(r_1 \cos \theta_1 + \sharp r_1 \sin \theta_1)(r_2 \cos \theta_2 + \sharp r_2 \sin \theta_2)
= r_1 r_2\left{(\cos \theta_1 \cos \theta_2 + (\sharp 1)^2 \sin \theta_1 \sin \theta_2) + \sharp (\sin \theta_1 \cos \theta_2 + \cos \theta_1 \sin \theta_2)\right}
= r_1 r_2\left{(\cos \theta_1 \cos \theta_2 - \sin \theta_1 \sin \theta_2) + \sharp (\sin \theta_1 \cos \theta_2 + \cos \theta_1 \sin \theta_2)\right}
= r_1 r_2(\cos(\theta_1+\theta_2) + \sharp \sin(\theta_1+\theta_2))
(加法定理を使いました。それから、a+#b と a#b は同じであることに注意。)


おー。
これは、何と、二つのベクトルの偏角を足し合わせて、絶対値をかけ合わせたものに等しいじゃーあーりませんかっ!
よって、これは、乗算の定義をベクトルの回転と解釈したことにマッチしています。
素晴らしいですね。



以上により、+, -, #, % について、無理なく加算と乗算を定義することができました。
まとめると…。


1) 加算
符号が同じだったら、符号は変わらず、絶対値を足す。
符号が異なるが軸が同じ場合、差を取り、絶対値が大きい方の符号に合わせる。
軸が異なる場合は、そのまま。
(1#2)+(-3%4) などについては、足せるところだけを足す。


2) 乗算
+a, -a, #a, %a などについては、
+ をかけたら符号は変わらず、
# をかけたら 90 度回転させたところの符号に変わり、
- をかけたら 180 度回転させたところの符号に変わり、
% をかけたら 270 度回転させたところの符号に変わる。
絶対値は、単純にかけ合わせる。
このことを踏まえた上で、(1#2)×(-3%4) などは整式の乗算と同じように計算する。


めでたし、めでたし。



ところで。
賢明なる読者諸氏はもうお分かりのことと思いますが、実はこれ、複素数平面と全く同じものです。
つまり、#1 を i、%1 を -i と置き換えるだけで、複素数平面ができあがります。


あれまー。


実のところ、少し前に igaris 少年の疑問に何とか答えようと考えに考え抜いた結果、このように演算を上手いこと定義することに成功し、大いに喜んだのですが、しばらくしてそれが複素数平面と同じものだと気付き、落胆したのであります。
恥ずかしい。あまりに恥ずかしい。
言い訳をすると、複素数平面はちゃんと勉強したことがないのです。いや、そっちの方がずっと問題だ。
まあ、偉人は確かに偉人だったっていうことで。


閑話休題
ここでの議論からは、色々なことが分かります。


複素数平面では実軸と虚軸をあたかも全くの別物であるかのように考えますが、これは本質的ではありません。
1, i, -1, -i を、それぞれ (0)1, (\pi/2)1, (\pi)1, (3\pi/2)1 などとして、符号 (0), (\pi/2), (\pi), (3\pi/2) が導入されていると解釈します。
そうすると、「実」であるか「虚」であるかではなく、偏角がどうであるかがそれらの区別において本質的なのだと言えます。


また、極座標(r,\theta) で表される数について、これと原点を結んだ直線を新しい軸として、符号 (\theta)(\theta + \pi) を導入することができます。
\theta は任意の実数なので、複素数平面上には非可算無限個の符号と座標軸があるのだと考えることができます。


さらにさらに。
(0)-(\pi) 軸と (\pi/4)-(5\pi/4) 軸だけを導入した平面を考えます。
(\pi/4)-(5\pi/4) 軸上の、(普通の意味での)直交座標で表された点 (\frac{1}{\sqrt{2}},\frac{1}{\sqrt{2}}) は、極座標で表すと (1,\pi/4) であり、これを二乗すると i になることから、符号 (0), (\pi/4), (\pi), (5\pi/4) だけを使うことにより、平面上の全ての点を表すことが可能です。
これすなわち、実数体 R の拡大体 R(\frac{1}{\sqrt{2}}+\frac{1}{\sqrt{2}}i)複素数体 C に等しいということです!



いやはや。
色々と大げさな話に発展してしまいました。


ここで私が言いたいことをまとめると、次の三点になります。


1)
i は 2 乗して -1 になる数なのだという説明は本質的ではない。
i をかけることが座標平面上での \pi/2 の回転に相当するということが本質的。
したがって、i と -i は、それぞれ新しい符号を用いて #1 や %1 などと表すのが良いように思う。
だけど、そんなことをしたら、逆に分かりにくくなっちゃう♪


2)
プラスとマイナス以外の符号を自然に導入しようとすると、複素数平面に至る。
ここで、加算はベクトルの合成、乗算はベクトルの回転に相当する。


3)
平面上には非可算無限個の符号と座標軸が存在すると考えることができる。
ただし、俗に言う虚軸を導入するだけで、全ての点を表現可能。
このことが、体の拡大の話と関係している。


おわり。